「長崎ぶらぶら節」 なかにし礼著 文芸春秋刊
主人公の愛八姐さんは、生まれつきの不器量のために多くの辛酸をなめた。その生涯がこの本に収められている。ベストセラーで書評にも多く取り上げられたので、ここでは簡単に紹介しよう。
長崎郊外の網場「肥前屋」のオカミさんに芸事を仕込まれたサダは、明治16年7月芸者置屋島田家にあずけられた。サダには故郷への未練はない。売れっ奴芸者の姉、後に妹も芸妓としていたせいもある。
あっという間に50才近くになり、幸兵衛という旦那もできた。しかし愛八は郷土史家古賀十二郎と出会い、「な、愛八、おうち、おいと一緒に、長崎の古か歌ば探して歩かんね」愛八は「ね、先生、うちにも手伝わせてくれまっせんか」その話し合いの後、第二の人生にかける愛八の一途な情熱が噴き出した。
そして「長崎ぶらぶら節」との出会い、不思議で哀しい感動を憶える。さらに「浜節」の誕生。この二つの曲は、今や長崎の秋の大祭「おくんち」の本踊りの代名詞ともなっている。最期に哀しい、哀しい愛八の死に必ず涙するはずである。

(集英社新書が好調である、新刊2冊を紹介しよう)

「笑いの経済学」 木村政雄著
今や芸人より売れっ子の、吉本興業常務木村政雄が熱く語る1冊。
まずは大阪人の気質から、「大阪では赤信号を漫然と待ってはいられない。赤信号でも渡り、欲しいものがあればとことん値切る大阪人の気質を持たない限り、今回のような未曾有の不況やシビヤな国際競争には勝てないのもまぎれもない事実です。」横山ノックだって大阪では十分納得のいく府知事であったという話も面白い。

「万博とストリップ」 荒俣宏著
あの博学の著者が「国家的イベント万国博覧会は、ストリップなくして発展成功はなかった。」と論破した面白い1冊。
万博は1851年ロンドン万博から始まったが、この博覧会は産業博で面白くも何ともなかった。1900年パリで初めてヌード志向が表れ、1933年シカゴ博では、ストリッパーサリー・ランドが「ゴディヴァ夫人」逸話を実践、裸で白馬にまたがり万博会場に乗り込んでいった。その結果どうなったか、それは読んでからのお楽しみ。
ただしこの本には、重大な校正ミスがある。125ページの1917年頃のムーランルージュの様子の写真と、147ページの1937年のジョゼフィン・ベーカーのステージ写真が全く同じ写真なのである。