(江戸川乱歩賞といえば、奇異変貌・奇想天外が十分盛り込まれねばならない。さて今回の受賞作は読者の期待に応えられたか。)                    

「誘拐児」   翔田寛 著     講談社刊

 戦後復興の緒についた昭和21年8月7日、浮浪児があふれる戦後のバラックに、場違いな黒い背広の男が歩いていた。見守っていたのは古沢警部と君塚刑事。それは7月10日に実業家久我恵三の一人息子勇一(5)が誘拐され、今日身代金100万円を渡し、子どもを取り返すことになっていたからだ。犯人は取引に会社の運転手竹内を指名。午前810分、突然警察のトラックが大集合して闇市の手入れが始まった。もみ合う男たちの中で、竹内は身代金が入ったカバンを奪われた。戦後の社会の混乱を利用したうまい着眼だ。子どもは行方知れずのままになった。これがプロローグ。
 時は流れ、東京タワーが建ち、町には三輪自動車が走り回る昭和366月、派遣家政婦下條弥生(25)は、大金をさりげなく運んでいるつもりであったが、路上において激しく奪われ殺されてしまう。さらに弥生の部屋は見事にかき乱され、何かを探したようである。この事件を追うのは輪島と井口刑事、それに署内で反目する神崎と遠藤。なぜかこの仲が悪い2組を担当させたのも、謎解きをややこしくしている。
 事件には、谷口貞世と息子良雄、それに看護士で恋人の杉村幸子が絡んでくるが、複雑な展開で、もう少しストーリーを絞っても良かったのではないかと悔やまれる。第3章で誘拐と殺人の関係が解き明かされていくが、これからは読者自身で読んでもらいたい。

「訣別の森」  末浦広海 著       講談社刊

 日本からトキやオオカミが絶滅した。最近になってトキは中国からの移入によって、一応の繁殖の機会を得、やっと野に放たれるまでになった。これをソフトリリースと言い、根気は要るが夢のある仕事だ。それと同じようにオオカミをアメリカから移入し、日本の気候になじませ、増え続けるエゾシカを駆逐しようというのが、この小説の根底にあることを踏まえるべきである。
 第1章がプロローグ。信田豊の会社にドクターヘリの要請、幌萌町でバイク事故発生。ヘリの操縦は槇村博樹と倉石、ドクターは小久保佐智子と上島。ところがドライバーは元気という続報。信田は「キャンセルだ。引き返してくれ」と指示。帰還しようとしたとき、他のヘリの墜落に遭遇。緊急に着陸して救助に当る。二人の生存者がいた。一人はかつて自衛隊に一緒にいた武川一恵。何とか二人を病院に搬送し、ヘリは任務を終える。
 ここまで最初から一気に読ませ大いに期待したが、3年前の話に戻る頃から、登場人物が複雑に絡み、ストーリーがぼやけてきたと思ったら、突然ゴシック体になり、視点を変えた描写に切り替わる。こういう手法がないわけではないが、筆の揺るぎが気になる。選考評価でもこの部分を指摘されていた。
 それから第4章「猛き咆哮の果て」に入ると、また面白くなるという不思議なミステリーとなった。「一読後、これは面白かった。と読者から言ってもらえれば」と著者は言っているが。