(芥川賞、直木賞受賞作を読む)
「時が滲む朝」 楊 逸著 文藝春秋刊
北京オリンピックのおかげで、現在の中国の問題点が垣間見られるが、この本はタイミングよく、中国の若い学生が中国の民主化を夢見て活動する話。
しかし、夢かなわず中国残留孤児の子として、日本に暮らすまでを丹念に綴った青春ドラマである。
1988年7月、一年で一番暑い日に、大学統一試験に臨む試験場の描写から始まる。十人に一人の難関を抜けて、秦漢大学に合格した梁造遠は親友謝志強を得ると、
共に勉学に励む。と同時に30代の教授甘凌洲先生の指導もあり、中国民主化運動に目覚めていく。そして天安門事件、甘先生は言った「大学へ戻れ」。
教室に戻った二人と四川出身範亮は、居酒屋で客と口論の上大喧嘩になり、3人は退学処分になる。
その後、造遠は日本に渡り、やはり民主化活動を開始するが、13年も経過すればその矛先は鈍り、もどかしい毎日を送る。やがて残留孤児の娘と結婚。
1996年3月民主(たみお)の出生を届ける。
全編に流れる尾崎豊の歌。そして甘先生と、その妻になった初恋の人白英露との別れ、また中国に残してきた父とふるさとへの想いの中に、
時が滲む朝を迎える。
なかなかいい作品だと思うが、選者の先生方には不評であった。
「切羽へ」 井上荒野著 新潮社刊
この本は、著者の父井上光晴が暮した、かつての炭鉱の島(長崎県崎戸町、現在西海町か)が舞台。画家の夫陽介と暮らす養護教諭の麻生セイ(31)
が経験した1年余の話を、セイの語りでまとめたものである。
この島の小学校の生徒は全部で9人、先生は校長を含めても4人。春になると生徒2人が卒入学で入れ替わり、同時に東京から音楽専任の新任教諭、
石和聡が赴任してくる。
グラマーの月江先生(34)は、本土から時々訪れる妻ある男と交際を続け、教師にあるまじき行動にも島民は黙認しているというけだるい日常に、
石和は一石を投じた。
それから毎日の学校行事を通して、教務日誌のような月日が流れていく。12月になると月江先生をめぐる喧騒が始まる。月江先生は「あたし石和と寝たわ」
と軽い。かつてセイの母が言った「切羽までどんどん歩いていくとたい」という謎の言葉が思い出される。石和は1年もたたずして島を去る。
静かになった島に、ささやかな慶事があって最後にほっとするが、何ともつかみどころがない小説である。
著者の五つ下の妹の名は切羽という。ということは・・・・。