「赤朽葉家の伝説」 桜庭一樹著 東京創元社刊
この小説は1953年から現代に至る50年間を取り上げた、上下2段300ページを超える長い長い伝説物語である。
山陰地方の紅緑村に捨てられていた女の子、名を万葉と名づけられ、若夫婦に引き取られ人並みに育てられた。色黒でがっしりとした体型で、なぜか文字を憶えることが生涯できなかったが、未来を視る力を持っていた。この地方では山の上に製鉄所の赤朽葉家と、山下に造船業の黒菱家が、ライバルで張り合っていた。
島根県出雲町には、古くからふいごによる製鉄技術が伝えられ、これをたたら製鉄と呼んだ。従ってこの小説は、あながちでたらめ設定でもない。
時は池田勇人首相が、所得倍増論をぶち、景気は工業を中心として高度成長をとげていた。赤朽葉家もこれ以上にない勢いで成長をとげていた。そこの千里眼の奥様タツが、車の中から見かけた万葉に赤朽葉家に嫁入りするように進言。万葉は山おろしが吹きすさぶ中嫁入りし、やがて第一子泪を身ごもる。さらに第二子毛鞠、孤独と鞄と次々もうける。
その間にも、夫のほかに年増女中の真砂や、後の唯一の友人出目金こと黒菱みどり、工場長の穂積などが入り乱れてさまざまなドラマを展開する。よくもまあこんな話を次々と作り出すもんだと、半ば呆れているうちに第1部が終る。
第2部は毛鞠のこと。始めのうちは暴走族のスケバンとして中国地方を制すが、石油ショックによる不況から赤朽葉家を救うべく、売れっ子マンガ作家になり、その間結婚して瞳子が生まれる。毛鞠が急逝したあと、次の第3部は瞳子が語り手となる。
瞳子は祖母万葉が亡くなる前に「わたしは昔、人を殺した」の言葉で、その大きな謎を解こうというのがミステリらしいのだが、その結果はどうでも良い。最後に50年前に万葉が見た空を飛ぶ男が現れて、この長い物語は終る。
(似たような時代を、全然違った生き方をした一人の女の物語)
「望みは何と訊かれたら」 小池真理子著 新潮社刊
槙村沙織は、出産子育てに慌しく時が流れる毎日。夫である音楽プロダクションの一之に、1970年代に自分が経験したことを打ち明ける。困惑顔の一之だったが何も言わなかった。そして一之に同行したパリの美術館で、バッタリ秋津吾郎と出会った。30年前吾郎は人を殺しているかも知れないのだ。ゆれる心の沙織は逃げ出すが、吾朗は今いる日本の会社の名刺を強引に手渡す。そして話は30年前にさかのぼる。このスィッチバック式の導入部は、読者を戸惑わせるに違いない。
話は1970年、N大に入った頃に席巻していた学生運動の只中に戻る。友人が進めるままにインター解放戦線にのめり込んでいく。セクトの指導者大場修造とその仲間は、連合赤軍に倣ってP村のアジトにこもる。ここで言葉にならない戦慄の経験をして沙織は脱走する。疲労困憊して公園のベンチで倒れているとこを救ってくれたのが秋津吾郎なのである。
以下長くなりそうなので終らなければならないが、時が流れて‘07、6月、吾郎が沙織に訊いた「望みは何?」という問いに沙織は・・・・。