「失われた男」 ジム・トンプソン著 三川基好訳 扶桑社ミステリー文庫
 パシフィックシティ・クーリア紙の記者権社員、クリントン・ブラウン(ブラウニー)がこの小説の語り手で主人公。困ったことにこの男は大変なアル中で、しかも性悪。突然切れては人を殺してしまう。本人がそう書いているので間違いない。正義感にあふれた読者には耐えられない小説である。少し紹介しよう。
 ブラウニーの妻エレンとは離縁状態で、彼女がローズ島に住み、よからぬことで生計を立てているらしいことを聞き及び、彼は嵐の日に島に渡り妻を酒瓶で殴り、油を注いで焼死させる、1篇の詩を残して。翌日何食わぬ顔で出社したところに、疑いを持った主任警部レム・スチューキーが訪ねてきて根掘り葉掘り質問する。ところがよくしたもので、同時刻にエレンを訪ね、よからぬことをしようとした別の男がいた。会社の同僚トム・ジャッジ。トムは拘留され、この件はとりあえず落着する。この事件は、厚かましくも本人がクーリア紙に書くことになった。
 ところがである。新聞社で会った脂の乗った未亡人デボラ・チェイスン(35)が、新聞社で見た彼の詩を覚えていて、「あんなに怖い詩を書けるのは」と迫ってくる。困ったブラウニーは、デボラと飲み、酔いつぶして、野犬収容所の金網のむこうに投げ込む。翌日、体の原型をとどめぬデボラの死体が見つかる。そして何食わぬ顔のブラウニー。
 小説が終わる頃、さらに「奥様から預かっていた詩集がある」とロスから来た女が、これを1500ドルで買って欲しいと言ってきた。今度も・・・・。とても最後まで紹介することがはばかられる。
 最後にアル中的な破天荒な解説で、死んで30年経った狂った神様、ジム・トンプソンの魅力を伝える。気丈な人には新刊として「グリスターズ」が同文庫から出ている。

希以子」 諸田玲子著 小学館刊
 この小説は、主人公希以子が生きた、大正初めから昭和27年までの約40年弱の半生を描いている。
 希以子には3人の母がいた。生母は横山よし、それなりに流行っていた髪結い床のおかみさん。次女の希以子は3女が生まれたことにより、近所の小林マツに預けられる。マツには幼いうちから美貌の美紗緒がいて何かと義妹の希以子につらく当たる。よしは夫与七の酒癖の悪さに耐えかね、小舞台の藤吉と駆け落ちしてしまう。いろいろあって父与七はやすと再婚、3人目の母にめぐり合う。
 時代は大正9年大恐慌のさなか、物価高に庶民は苦しんでいた。美紗緒は19歳で西城家に玉の輿に乗る。そして大正12年9月関東大震災、何もかもなくした。このような波乱万丈の毎日が続き、最期は満州にも行き、何度もどん底状態を味わう。
 不思議にどんどん読ませる希以子の物語である。