「ウルトラ・ダラー」 手嶋龍一著 新潮社
刊
9.11アメリカ同時多発テロ事件が起きた時、NHKワシントン支局長の著者は、連日のテレビ映像で精力的な解説を続け、視る者に強力な印象を焼き付け
た。
失礼ながら、著者にこんな面白い小説が書けるはずがないと思ったが、ここ40年間に起こったすべての事件が、一本に結びついているという指摘に、無理な
く納得させられるのは著者の実力であろう。しかし各章に人物があふれ過ぎて、読者は手に余るものを感じられるかもしれない。解りやすくあらすじを紹介した
い。
主人公はBBC特派員ティーブン・ブラッドレー。彼の元にダブリンに偽百ドル札が現れたという情報が入る。この偽札はあまりにも精巧で本物と区別がつ
かず、「ウルトラダラー」と呼ばれているという。さてこの偽札はどのようにして作られたのだろう。1989年スイスのローザンヌにあるファブリ社の印刷機
が
マカオに搬出された。印刷機は解体され、くず鉄として輸出された。さかのぼって1968年、印刷工濱道勝夫が突然の失踪、北朝鮮に拉致されたらしい。とい
う
ところで第1章が終わる。
第2章では、米シークレットサービス主任捜査官オリアナ・ファルコーネ(女)が動き出す。日本では内閣官房副長官高遠希恵、アジア太平洋局長瀧澤勲も。
米国では偽札対策は極秘に取られていた。新紙幣には日本マイクロチップ社のICチップを刷り込むことに。ところが主任技師成島は、何度も韓国に講義のため
に
出張する中、ICチップをすりかえられるという失態を犯す。この辺は女性を絡めたスパイ合戦で面白い。
北朝鮮はなぜこのようなリスクを負って偽札を作るのだろうか、いったい何が目的なのだろうかというのが、最終章の仄暗き運河に集約され、ジグソーパズル
はぴたっと収まる。そして最後の長い長いエピローグ、この部分は賢明な読者に気に入っていただけるだろうか。
(うってかわって、ヤクに女にいかさまポーカーにうつつをぬかすとんでもない主人公が、破天荒にかますパルプ小説)
「真
冬の牙」 トマス・スパロウ著 遠藤宏明訳 扶桑社文庫
アメリカ北部、五大湖周辺のハモンドシティーが舞台。主人公は185cm90kgのいかさまトランプディーラー、キース・ウェバリーが、この小説のすべ
てを語ってくれる。小説はポーカーゲームの一夜から始まる。
メンバーは市長の弟でヤクの元締めピーター・マッケイ副市長、ニック兄弟、飛び入りの船乗りミコ。えっ、副市長がヤクと賭けポーカーだって、と驚いては
いけない。これがこの小説のすべてであり、正義感はこれっぽっちもない。不愉快になられたら、ここで読むのを止められたが賢明というもの。勝負はインチキ
でなく、本当についていた弟サム・クロスが大勝する。その後ピーターはキースをヤク漬けにして、ホモの館のサウナに裸で放置。その間にキースはケツを割ら
れ、写真も撮られていた。自暴自棄、幻覚状態の毎日のツケが来たのだ。
1978年イースターを境に、キースは急に強くなり、彼を慕うメアリーとともに反撃に転じる。読者にも問う「誘惑に駆られるだろう?」、最終章「始まり
の終わり」が面白く、丁寧な訳者あとがきもあって、この本を最後まで読んでよかったと思わせる。