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斜読玩味

~~S・リード氏のちょっと辛口書評帖~~

                   
書名 著者名 出版社 日付
「傷だらけのカミーユ」ピエール・ルメートル著
橘明美訳
文春文庫 2/21
「30の神品」ショートショート傑作選江坂遊選 扶桑社文庫
「しんせかい」山下澄人著 文藝春秋3月号 
第156回芥川賞受賞作
「消滅世界」 村田沙耶香著 河出書房新社刊 12/24
「転落の街 上・下」 マイクル・コナリー著 
吉沢嘉通訳
講談社文庫
「古書贋作師」 ブラッド・フォード・モロー著 
谷泰子訳
創元推理文庫 11/7
「あたらしい名前」 ヴァイオレット・ブラワヨ著 
谷崎由依訳
早川書房刊
「コンビニ人間」 村田沙耶香著 文藝春秋9月号 9/22
「海の見える理髪店」 荻原 浩著 集英社刊
「私の消滅」 中村 文則 文藝春秋 8/22
 「ジャッジメント」  小林 由香  双葉社  
 「夢幻花」  東野 圭吾  PHP文芸文庫  7/13
 「科学の発見」  スティーヴン・ワインバーグ  文藝春秋  
  「罪悪」  フェルナンド・フォン・シーラッハ  創元推理文庫  5/27 
  「怒り 上・下」 吉田 修一  中公文庫   

*書名をクリックしたら、内容にいきます。

「傷だらけのカミーユ」ピエール・ルメートル著 橘明美訳 文春文庫
 ルメートルが立て続けに出した三部作の完結編。面白くないはずはないのだが、やや趣きが違う。主役のカミーユ・ヴェルーヴェンは140センチの身長で50歳すぎのハゲ頭のさえない刑事なのだ。 しかも思いを寄せる彼女は40歳過ぎの輝ける美貌のアンヌ・フォレスティエ。
 アンヌは<パサージュ・モニカ>で、宝石強盗の一味と鉢合わせする。ショットガンを持った男はアンヌを打ち付け失神させ、そのまま引きずって宝石店に押し入る。 後に監視カメラに一部始終が写っていた。何とアンヌはふらふらと立ち上がって逃げようとしていた。そこで撃たれたが一命は取りとめたという。例によって何とも激しいスタートである。
 小説はあえて細かい時系列になっていて、10時に始まった犯行は40分後には新たな展開を迎える。強盗を影で操る主犯のオレは14時42分、コーヒーを飲みながら噂話を愉しむ。 このときは犯人の一人称の語りとなる。アンヌが生きて病院に収容されたことを知り、女を殺しに行くべきだと悟る。同時に事件を担当するカミーユも病院に向かう。ここまでが18時すぎである。
 もちろんこの後も延々と続くのだが、詳しくは書けない。3日目の事件解決までのカミーユの活躍を味わって欲しい。
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「30の神品」ショートショート傑作選江坂遊選 扶桑社文庫
 
 この本はタイトル通り一昔前から語り継がれているショートショートを星新一の弟子と称する江坂氏が世界からかき集めたものである。 とびとびで申し訳ないが少し紹介したい。
<クミン村の賢人>アルフレッド・ヒッチコック
 古い家の今にも落ちそうなシャンデリアの下で悠然とするチャン村長の武勇伝。オーソドドックスなスタートである。
<おーい でてこーい>星新一
O・ヘンリ<賢者の贈りもの>と並ぶ超有名作品。突然できた穴にありとあらゆる地球の汚物を放り込んで、ある日青空から聞こえた第一声は何だったかと思い出す懐かしい話。
<冬休みにあった人>岸田今日子の話も面白い。江坂氏は<かげ草>で、かげ草という植物の特殊な生態による気持ちの悪い話を書いている。
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「しんせかい」山下澄人著 文藝春秋3月号 第156回芥川賞受賞作
 この小説は著者が富良野にある俳優養成所で過ごした2年間の経験を書いたものである。 それだけに登場人物が多く、それぞれに愛称をつけて呼び合う。そのつけ方が面白いと選評に書いてあったがどうでもいい話だ。
 入所式では先生(50)が一期生の歓迎の劇が面白くないと怒り出すところから本格的な養成所の活動が始まる。本来の勉強のほかに、農作業や馬の世話もこなす。 しかし俳優を目指す生徒たちが台本の読み方を知らなかったということがあり得ようか。厳しい冬が明けて、一期生が卒業式を終え巣立って行く。何とも物足りない小説だ。
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「消滅世界」村田沙耶香著 河出書房新社刊
 コンビニをテーマにした異色の「コンビニ人間」から、芥川賞受賞後の1冊。近未来の日常を描いている。その世界は、子供は人工授精によって生まれることになっていて、 男女の交わりによるのは珍しく、ルール外の子は「いじめ」の対称になる。これが人類の進化と言うものらしい。
 しかし、その他の部分の変化については何も語られない。すなわちセックスレスこそが未来の象徴という訳だが、そんなことはないはずだ。小説は飛んでまとまりがない。 何とか100ページまで辛抱して読んだが挫折した。
 たまたま新聞に、人口問題研究所が2015年に調査した結果を発表「異性との性交経験のない未婚者の割合が18~34歳の男性42.0%、女性44.2%と増加した」という記事が出てはいたが。
 ついで紹介で申し訳ないが「罪の声」塩田武士著、講談社刊が面白い。グリコ・森永事件をヒントにこの小説を思いついたようだが、部厚い本の割には読みやすい。
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「転落の街 上・下」マイクル・コナリー著 吉沢嘉通訳 講談社文庫
 米国の未解決殺人事件は1万件を超えると言われる。ロス市警の遊軍となり、4年間の定年が延長されたハリー・ボッシュとパートナーのディヴッド・チューに 再調査を要望された事件は、1989年、リリー・プライス(19)を性的暴力で殺したクレイトン・s・ペル容疑者の件。最新のテクノロジーによって、現場に残ったDNAが彼のと一致したもの。 しかしその当時ペルは8歳だったのだ。
 捜査に乗り出そうとしたとき、キズミン・ライダー警部補に呼び出され、新たな事件に取り組んで欲しいと要望された。元ロス市警にもいた市議アーヴィングの息子ジョージ・トーマス・アーヴィング(46)が ホテルのバルコニーから転落死したのは、事件か事故か調べて欲しいという、ボッシュを名指しの要望であった。
 ボッシュはまず遺体の検分と、ホテルの状況と転落した時の目撃者捜しに乗り出す。アーヴィングJrはかなりウィスキーを飲んでおり、背中には三日月状の傷が残っていた。 ホテルチェクイン時に並んだ別の客の証言や、遠く離れた家から目撃された非常階段を降りる人影など、かなり詳細に調査されていく。
 いままでのボッシュシリーズとしては、細かすぎはしないか気になるし、下巻に入っても大きな展開がない。しかし80ページを超える頃からアーヴィング事件は急転直下解決した。 その底にあるものをあぶりだしながら。
 そして未解決事件に戻り、タウンハウスの所有者チルトン・ハーディ・シニアを訪ねて行く。ペルと20年間一緒だったジュニァは留守で、チルトンは息子に全然合っていないと言う。 これから一瞬のひらめきと展開によって、おぞましい事件の解決が一気に始まる。
 この小説の原題は「The Drop」。さまざまな事件や人が転落したのである。
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「古書贋作師」ブラッド・フォード・モロー著 谷泰子訳 創元推理文庫
 この本に出てくる「古書贋作師」とは、どんな詐欺を仕掛けるのでしょうか。例えばコナンドイルの原本や書簡集などに、著者に似せたサインをし古書価格を吊り上げる。 または大胆にも全文をそれらしい原稿用紙に書き写し、サインをし、贋作本を作り上げる。それを古書店に高く買ってもらうという手口である。
 小説の中の事件は、モントークハイウェーの南側の一室で起こった。被害者アダム・ディールは、両手を切断された無残な殺され方だった。部屋中に直筆の手紙・古文書がずたずたに破られ散乱していた。 彼は贋作者として名を馳せていた。
 その友人でもあった、主人公で語り手ウィルにも捜査の手が及び、ウィルの作品にも嫌疑がかかるが、証拠不十分で釈放された。 ウィルは30代後半のアダムの妹ミーガンのプライドを傷つけ喧嘩となるが、逆に仲を深めた。ある日、郵便で脅迫状が届く、「必ずやおまえの正体は暴かれる・・・」差出人の名前はなかった。 これが破滅への前触れになるのだろうか。
 これから、アダム殺人事件の犯人探しと、ミーガンとウィルの親密とは言えないような新婚生活、時折届く脅迫状と落ち着かない日々が続く。作中で紹介される稀覯本も興味がある読者、あるいは書店人には面白いことだろう。後半の4分の1くらいから緊張する展開が始まり、最後はかなり血なまぐさく終わる。
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「あたらしい名前」ヴァイオレット・ブラワヨ著 谷崎由依訳 早川書房刊
 ジンバブエは南ア共和国の北に位置し、ビクトリア瀑布の上流でもありバンジージャンプは有名だが、これと言った産業がなく貧困にあえいでいる。
 絶えず続く超インフレのため、通貨を何度も切下げても紙幣やコインが不足し、むしろ南アのランドや米ドルが信用できる貨幣になっている。出国の際に、残った貨幣はすべて寄付してくれと、 大きなボックスが置かれている。
 さあそこに住む子供たちの生活描写から小説は始まる。語り手は私(ダーリン)、友人は11才で妊娠しているチボ、美人のシボ(9)、スティーナ、男の子はゴッドノウズ、バスタードなど。 彼らは遊びに飽きては、他人の家のグァバを盗んで食う。食べ過ぎると種が腸にたまり、重症の便秘になり、肛門が裂けることもあるという。
 彼らは大人の世界を観察し、ダーリンが話をまとめていく。<国盗りゲーム>では、国の開発は中国人と黒人が関わっている。小説全体に差別的言葉が多いが目をつぶって欲しい。 たまにNGOのトラックが来て、白人が子供たちにプレゼントを配り、カメラでその姿を撮りまくる。
 <デトロイド・ミシガン>後半はアメリカにいる伯母を頼って留学した私(ダーリン)の話に変わる。私はワシントンアカデミーに通うが、言葉は通じず黒人でもありいじめに遭う。 <いかに彼らは暮らしたか>で、人生と小説の結論を描き、心に沁みる良い本に仕上がっている。刺激の強い表現もあるが、一読をお奨めしたい
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「コンビニ人間」村田沙耶香著 文藝春秋9月号
 今回の芥川賞は、選評によるとこの作品に集中し、一度で決定したようである。
 古倉恵子は子供の頃からかなり変わっていた。死んだ小鳥を何故食べないのかと両親を困らせたりした。近くに「スマイルマート駅前店」がオープンし、通りがかった大学1年生だった恵子はアルバイトとして就職。 いつの間にかバイトのまま26才になった。「コンビニの音」が好きで、お店の部品になれたのが嬉しいという。鈴木敏文さんが喜びそうな話だ。
 このままでは職場体験のレポートで終わりそうだ。18年間で8人目の店長が、禿げた新人白羽(35)を紹介する。彼も生来の変わり者で、今の世は「縄文時代と変わりない」と言うのが口癖。すぐにクビになるのだが、客へのストーカー行為を目にした恵子は白羽をアパートに連れて帰る。 白羽は働きもせず、恵子の部屋に居ついてしまう。主にこもるのは乾いたバスタブの中。
 啓子もコンビニを辞め、白羽と共に赤貧の苦しみを味わうのだが、1ヶ月後「えっそんな結末でいいの」と言う展開で小説は終わる。
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「海の見える理髪店」荻原 浩著  集英社刊
 私の近所で、夫婦二人で52年間理髪店を営んでいた店が止めることになった。二人とも高齢になったこと、機械も古くなり、 あとを継がせるほどの店でもないからと、寂しそうに微笑んでおられた。
 海辺の小さな町に、15年目になる理髪店がある。主人は高齢で白髪まじり。そこにインターネットで調べたという僕(原田)が客として訪ねて来る。
 それから床屋の主人と客のよもやま話が続く、主人の話だとかつて銀座に店を出すほど繁盛したという。なにげない日常を描いた純文学と思われたが、話が終わる頃この小説は大きく変化する。
 その後5編の短編が続く。
<いつか来た道>
16年ぶりに真夏の駅前通りを歩く杏子(42)。母佳織さん(73)を訪ねてきた。母は廃屋のような家に住み、キャンバスに何かを描いていた。 杏子を見るなり、久しぶりねの言葉や驚きもなく、一言「何しに来たの」と。このように日常を描きながらも、一服盛られたような結末の短編が続く。
<時のない時計>
  父の形見の古い時計を修理に持って行く。その店の主人で時計職人との饒舌に付き合う。見る間に修理は出来たが、最後に一言「・・・・・」
<成人式>
中学卒業の年に一人娘を交通事故で失う。夫婦二人は命日には3人分の食卓を囲んでいた。 そんな時に娘宛の成人式の案内(DM)が届く、二人は決断する。二人で娘の代わりに成人式に出ることにした。奇妙だがいい話で小説は締めくくられる。
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「私の消滅」中村文則著 文藝春秋刊
 帯に「このページをめくれば、あなたはこれまでの人生の全てを失うかもしれない」とある。これは私の父の書斎にあった本(手記)のタイトルでもある。そのページをめくろう。 先に断っておくが、この奇才の作品は、精神的に影響を受けやすい人は読まれぬ方がいいかも知れない。
 「手記1」は少女の誘拐殺人事件から始まる。語り手の私は小学3年生の男の子。少女はクラスメイトの妹だった。重いスタートだ。「手記2」に進むと、母の新しい男、すべてを暴力で解決しようとする男の登場。さらに「手記3」では、1988年に起こった幼児誘拐連続殺人の宮崎勤の話に進む。宮崎は「いじめ」を受けていたとその心理状態を解説してみせる。
 それから話が進むに従い、人が入り乱れなんだか良く分からなくなってくる。私は心療内科の医師だったとか。他の医師による催眠治療によって記憶が抜かれ「私の消滅」を招いたというように。これからこの本を読み解くのは至難の業となってくる。
 あとがきに「読んでくれた全ての人達に感謝する。この世界は時に残酷ですが、共に生きましょう」と、読者を激励して終わる。
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「ジャッジメント」小林由香著 双葉社刊
 この本は近未来に成立した「復讐法」が施行された架空の社会を描いて見せるが、その内容は気が重くなる事件ばかりで、やはり気が弱い方はお読みにならない方が良いだろう。
第1章「サイレン」
 私は鳥谷文乃応報監察官、復讐法を選んだ被害者の家族や友人達が加害者に受けた傷と同じような方法で刑を執行するのを見守るという仕事。
 事件は2年前の高層ビル街で起こった爆弾テロ。天野義明は堀池剣也に殺された息子朝陽の仇討をしようとする。それも朝陽が苦しんだ日数を考え4日間にかけて執行していく。 天野と2人の被害者の親族は、普通の法律の判断だと死刑はまぬがれると思われるが、あえて復讐法を選ぶ。当然、受刑者堀池にも母親がいて許しを乞うてくる。しかし処刑は実施された。
最終章の「ジャジメント」は5年前のデビュー作である。
 執行者は森下隼人(小学5年生)、妹ミク(5)を親の養育拒否によって餓死させられたもの。 隼人は母親と同居の男を、同じ餓死による執行を希望する。水は与えられるため、二人は意外と生き続けるが、執行5日目には力なくビニールシートにくるまれる。その後どうなるのか、ずしりと重い結末。
 この小説には拍手喝采を送ることは出来ないが、書店大賞もねらえる話題作だろう。
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「夢幻花」東野圭吾著           PHP文芸文庫
 前の東京オリンピックの2年前、抜身の日本刀を振り回す暴漢に、ゆきずりの夫婦が襲われて殺された。その子志摩子はかろうじて助かった。これがプロローグ1.
 プロローグ2は蒲生家の夏の習慣で、家族全員が鰻を食べに行く。乗り気でない蒼太は遅れて付いて行ったが、そのため偶然に伊庭孝美と知り合った。後に重要な人物になる。
 この事件と人物がいずれ合致するのだが、余りにもパズルがぴったりと嵌めこまれるので、やや居心地が悪い読後感が残る。
 少し話を延ばそう。元水泳選手だった秋山梨乃の祖父周治は、植物の栽培が趣味であり、庭の鉢に謎の花を咲かせた。しかし育てた鉢は盗まれ、周治は殺されてしまう。警察は独居老人殺害事件として捜査するが、荒されてはいても何も盗まれたものがなく、糸口がつかめない。
 梨乃は祖父が大事にしていた鉢植えがなくなっているのに気付いた。一体この花は何だとブログにアップした。これを見て協力を申し込んできたのが志摩子の子蒲生蒼太。二人は警察とは別に独自の調査を始めた。これからが長い話になる。長くなる原因は、場面により三人称で語られ、なおかつ会話による組立が中心であるため、話が行きつ戻りつするためである。
 やっと全容が見渡せるようになるのは、後半に入った頃であり、読者はプロローグの意味に気付き始められることだろう。
 エピローグにも不満がつのった。
(がらりと変わって批判も多い)
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「科学の発見」スティーヴン・ワインバーグ著 赤根洋子訳  文藝春秋刊
 紀元前6世紀にタレスは「万物は単一の基本的物質で構成されている」と唱えた。
例えば水や細胞などを言うらしい。さらに古代ギリシャで花咲いたユークリッド幾何学やアルキメデスの比重の発見、円の面積の求め方など発見の歴史を語り始める。
<閑話休題>
 自分が文系か理系かを占う方法でよく言われるのが、「正」の反対語は何かというのがある。多くは「不正」であったり「悪」と答えるのが文系で、理系は「負」と答える。いわゆる電気の+、-をイメージするからと言われている。
 この本はすべてを読み解くと言うより、気になる章をかいつまんで読まれたほうが面白いはずだ。本ではニュートンが「物理学は天文学・数学と統合し」その理論が科学の「標準モデル」になり、ここに科学革命が成ったとしている。
 資料も多く、高校以上の図書館に必備な図書だろう。
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「罪悪」フェルナンド・フォン・シーラッハ著 酒寄進一訳      創元推理文庫
  著者は1964年ドイツミュンヘン生まれの弁護士。デビュー作は短編集「犯罪」
<ふるさと祭り>8月1日暑い日の祭り、アルバイトで給仕をしていた17歳の女の子が、汗だくで演奏していた市民楽団員に酔った勢いで暴行を受ける。新米弁護士が彼女につくが、彼らの暴行を立証できない。なんとも切ないノアール的な一篇から入る。
 さらに<遺伝子><イルミナティ><子どもたち>など何となく連作しているような短編が続く。女をねらう男(21)が車道に踏み出した途端、車に撥ねられて死んでしまうという、それだけの話<解剖学>もあったりする。犬が飲み込んだ鍵を取り出す<鍵>。期日を守らない男を描いた<司法当局>などコミカルな短編もあり、いい話だった<清算>など飽かせぬ面白い話が満載である。
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「怒り 上・下」吉田修一著      中公文庫
   八王子の郊外「けやきの丘」で、老夫婦が殺された。犯人は現場に長いこと居て、血で書かれた“怒”の字を残した。犯人は防犯カメラなどで、山神一也(27)と判明したが、その後は行方知れず操作は難航した。小説はその1年後、3つの場所に現れた三人の男を追う。
 千葉で漁業を営む槇洋平は、東京で身を持ち崩していた娘愛子(23)を連れ戻した。彼を手伝っていた田代哲也は真面目ながら何となく影がある男であった。
東京でデザイナー会社に勤める藤田優馬は、適当に遊び仲間たちとつるんでいた。新宿の夜に出会った大西直人と同棲していた。
名古屋では小宮山泉が母と引っ越し中、夜逃げじゃないよ夜の引っ越しだと自分たちに言い聞かせて、借金に追われて沖縄の波留間島に親戚を頼る。そこから少し離れた無人島星島にホームレスらしい男が自炊していた。名前を田中と名乗った。
 ここまで一気に展開するのではなく、3つの現場は関連がなく、走馬燈状態でくるくると回り、その場面はめまぐるしく変わるため登場人物は多く、なかなか核心にふれる事がない。
 ようやく事件が覚醒するのは、下巻の3分の1位過ぎたころ、警察が犯人を絞りこみ始めた頃である。また容疑者たちもそれぞれに動き始めた。
 この小説は様々な読まれ方をするだろうが、「怒り」の本質は何だったのか、突っ込み所が多い作品である。
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